2016年3月2日水曜日

赤い糸はありまぁす!



前のブログで結婚観を書いたので私自身の事をお話しします

1970年8月に初めての海外録音の仕事でアメリカに行きました

まだ1$360円の時代、持ち出す現金にも制限があり製作費は渡航メンバーで手分けして持つと言う事をやっていました

その時たまたま私の母と義姉(兄の奥様)がまったく別のツアーでアメリカ西海岸とハワイに行くと言うのです!

スケジュールを突き合わせてみると私が仕事終わってすぐに発てばハワイで合流出来ることが解りました

仕事後に少々の休みを頂いて帰りは母たちと一緒に帰ろうと言う事にしました

ワイキキのホテルの部屋にエキストラベッドを頼んでもらって母たちの部屋に転げ込んだのです

慣れない海外の仕事、時差ボケなどが重なって疲労困憊でたどり着きました

ベッドに転がり込んでひたすら眠っている私の耳に奇妙な人声が!

目を開けると部屋の床に5・6人の人が輪になって座り込んでカードをやっています!

母たちが参加していたツアーは物凄くヘンテコなツアーで食事はなく旅費とホテル代のみ、ラスヴェガスの滞在が異常に長い(笑)というものでした

その人の輪の中にお父さんがいたのです!

彼はラスヴェガスですってんてんになって食事代にも事欠いていたようで同情した母が「ハワイでレンタカーを借りるから貴方がドライバーをやりなさい、その代わり食事を奢ってあげる」
と言って彼を仲間にしたのです

そう、最初に彼と知り合ったのが私の母でした

ホテルの部屋でやっていたのは小銭で遊ぶブラックジャックでした(笑)


私の第一印象は「なに?この人たち!」でした(笑)


もちろんお土産などは買えず手ぶらの帰国だったようです

義姉が買い物を沢山したので兄へのお土産のダンヒルのライターを彼に持って入るようん頼んだのです

羽田空港で受け取るのを忘れたので代わりに私に受け取って貰えないかと頼まれ彼に会社まで届けて貰ったのがほぼ初めて二人で話した、と言えます


わざわざ届けて貰ったので食事を・・と言う事になりました

それからのお付き合いでその年の10月には一緒に住んでいました!12月に入籍、翌年の4月に結婚式をあげました!


まあ最初にナンパしたのは母ですが(笑)ちゃんと「麻雀出来る?」とリサーチ済みでしたよ!


海外の仕事が入ってなければ、スケジュールが違っていれば二人は決して遭わなかった事でしょう


運命の赤い糸はありますよ!


2 件のコメント:

武川健一 さんのコメント...

私も赤い糸が有ると確信してます。
二十歳で新入社員の私は、入社間もない四月半ば先輩の親の葬式手伝いに行き
葬儀会場の下足番。当時社員の親族の葬式は会社を挙げて手伝う習慣だった。
そこで見たのが当時高校生の女の子(後で先輩の妹と分かった)、向こうは知らなかったと思う。
その時は可愛い子だなと思っただけ。それから十年たってまさかの嫁さん。
いまも赤い糸はしっかり結ばれています。

ダ・カーポ さんのコメント...

武川さま

コメント有難うございます!



素晴らしいお話有難うございます!



本当に人の運命とは解らないものですね!

私の次兄も親友の妹と結婚しました


彼女が中学生の時から狙っていたみたいです(笑)



赤い糸、良い言葉ですね!