2016年3月17日木曜日
桜たい焼き始まります!
桜の花の便りが聞かれるようになりました!
桜たい焼き始めます、22日(火)からの販売です
淡いピンクの餡に桜の葉のみじん切りが混ざっています
味わいは桜餅!
春の香りをお楽しみ下さい!
ひとつ213円(税込み230円)です
お待ちしています
バタースイートポテトたい焼きは桜の間お休みします
桜たい焼き終わりましたら復活します!
2016年3月2日水曜日
赤い糸はありまぁす!
前のブログで結婚観を書いたので私自身の事をお話しします
1970年8月に初めての海外録音の仕事でアメリカに行きました
まだ1$360円の時代、持ち出す現金にも制限があり製作費は渡航メンバーで手分けして持つと言う事をやっていました
その時たまたま私の母と義姉(兄の奥様)がまったく別のツアーでアメリカ西海岸とハワイに行くと言うのです!
スケジュールを突き合わせてみると私が仕事終わってすぐに発てばハワイで合流出来ることが解りました
仕事後に少々の休みを頂いて帰りは母たちと一緒に帰ろうと言う事にしました
ワイキキのホテルの部屋にエキストラベッドを頼んでもらって母たちの部屋に転げ込んだのです
慣れない海外の仕事、時差ボケなどが重なって疲労困憊でたどり着きました
ベッドに転がり込んでひたすら眠っている私の耳に奇妙な人声が!
目を開けると部屋の床に5・6人の人が輪になって座り込んでカードをやっています!
母たちが参加していたツアーは物凄くヘンテコなツアーで食事はなく旅費とホテル代のみ、ラスヴェガスの滞在が異常に長い(笑)というものでした
その人の輪の中にお父さんがいたのです!
彼はラスヴェガスですってんてんになって食事代にも事欠いていたようで同情した母が「ハワイでレンタカーを借りるから貴方がドライバーをやりなさい、その代わり食事を奢ってあげる」
と言って彼を仲間にしたのです
そう、最初に彼と知り合ったのが私の母でした
ホテルの部屋でやっていたのは小銭で遊ぶブラックジャックでした(笑)
私の第一印象は「なに?この人たち!」でした(笑)
もちろんお土産などは買えず手ぶらの帰国だったようです
義姉が買い物を沢山したので兄へのお土産のダンヒルのライターを彼に持って入るようん頼んだのです
羽田空港で受け取るのを忘れたので代わりに私に受け取って貰えないかと頼まれ彼に会社まで届けて貰ったのがほぼ初めて二人で話した、と言えます
わざわざ届けて貰ったので食事を・・と言う事になりました
それからのお付き合いでその年の10月には一緒に住んでいました!12月に入籍、翌年の4月に結婚式をあげました!
まあ最初にナンパしたのは母ですが(笑)ちゃんと「麻雀出来る?」とリサーチ済みでしたよ!
海外の仕事が入ってなければ、スケジュールが違っていれば二人は決して遭わなかった事でしょう
運命の赤い糸はありますよ!
2016年3月1日火曜日
結婚について考える!
最近結婚しない人が増えているように感じます
男性も女性もです
昔の仕事仲間の女性も何人かいますがみな独身です
バリバリのキャリアウーマンで年収もそれなりにあるので経済的には全く問題なく生活できると言うのも理由の一つでしょう
昔と違って周りからも人生の選択についてあれこれ言われなくなったと言うのもあるかもしれません
しかし結婚したい人も沢山います!
「婚活」などと言う言葉も普通になりましたよね!
でも私は思うのですが婚活など考えなくとも仕事をしている女性は色々な男性に出会っていませんか?
アンテナを常に張っていれば仕事で出会う人は沢山見られるはず、きっとその中にビビッと来る人がいますよ!
人生は長い!男女の仲でいるよりも性別を超えた「相棒」としての生活の方がずっと長くなるのが結婚生活です
何回かの婚活パーティーで会うよりも日頃の仕事に対しての向き合い方、価値観などがその人を良く知る方法になるのではないでしょうか?
男性も結婚するのが面倒だと思う人も多いけど、逆に結婚して子供が欲しいと言う人も増えているとか
抱っこひもで赤ちゃんを抱っこするのが夢だと言う男性の言葉を聞いて昭和の人間はびっくりするだけです(笑)
その気持ちは良く解りますがそれよりも夫婦としての人生を共に歩んでいく心構えの方を見つめて貰いたいのです
40才過ぎて独身の人が多いですがまだまだ人生は数十年ありますからパートナーがいた方がいいですよ!
また「年の差婚」などが話題になっていますが20才以上も年が違うと会話が成り立つのかな?などと思ってしまいます
女性の場合は母性本能があるからうまく行く可能性もあるかもしれませんが男性の場合は秋山小兵衛でもなければ無理ではないか、と老婆心ながら思ってしまいます
同じ時代に生き、価値観が近い人を探すことをお勧めします!
2016年2月25日木曜日
2016年2月24日水曜日
'60年代ジャズブームがあった!
1960年代の始め日本では空前のジャズブームがありました
丁度大学に入った私は電車で通学するのは初めてで毎日新宿を通って通うのがワクワクでした!
そのころ新宿にはジャズ喫茶と言うのが沢山あり、勿論ライブハウスではなく喫茶店でコーヒーを飲んでジャズのレコードを聴くと言う物でした
学校帰りに100円のコーヒーで何時間もジャズを聴いていたものです
日本で一番人気があったのはブルーノートレーベル、そしてドラムスのアートブレイキーとジャズメッセンジャースと言うバンドでした
彼らの演奏したモーニンと言う曲が日本のヒットチャートの上位に入った事もあったんですよ!
歌謡曲なども一緒のヒットチャートです!
新宿には何件ものジャズ喫茶がありそれぞれに常連がいて1杯のコーヒーで何時間も粘っていたのです(笑)
そこにはもちろん私のような若い学生も沢山いましたがミュージシャン、得体のしれない人たちも沢山いました
何しろ場所が新宿ですからね、トイレに行くと注射針が落ちている何てことも珍しくはありませんでした
日本、アメリカともに薬物に溺れていたミュージシャンも沢山いました
その頃はおそらくヘロインだったと思います
それで消えて行った有名なプレイヤーも数多くいた時代です
その中でアートブレイキーは71才で亡くなるまでジャズドラマーとして、また多くの新人アーティストを育て上げジャズの歴史に偉大な足跡を残しています
日本で大ヒットをしたのを受け61年に初来日しました
チケットが高くて学生の身では買えなくて生演奏は聞けませんでした(お父さんはサンケイホールに行ったらしい!)
アメリカではまだ人種差別がかなりあった時代日本では大スターとして歓迎されたのが彼には非常に嬉しかったのでそれからすっかり日本びいきになったのです!
60年代のブルーノートレーベルのジャズは今聴いてもワクワクする迫力がありますよ!
オリジナル盤はプレミアムがついて大変高価ですがCDでも聴けますから是非一度聴いて下さい!
3月の臨時休業のお知らせ
3月1日(火)、2日(水)は病院検診のため臨時休業致します。
肺の手術受けてから1年半が過ぎ念のためにMRI検査を受けることになりました
検査前の検診は29日に受けますがMRI検査当日の2日の前日も安静にしているようにとの指示がありやむなく1日も休業することに致しました。
ご不便をおかけしますがどうぞご理解くださいませ
ダ・カーポのばば
2016年2月2日火曜日
愛しのエルヴィス!
私が中学2年生の時エルヴィスプレスリーがデビューしました
皆さんもお判りでしょうが14才くらいの頃は何かにハマるとどっぷりになるでしょう?
まさにその通りハマりました!
その時代の日本の音楽界は流行歌はほぼ歌謡曲、演歌などでした
J-POPなどはもちろんないしロックもありません、かろうじてカントリーミュージックかJAZZでした
我々若者たちはアメリカのPOPSをFENラジオで聴いていました、そうオールディズですね!
その時に台風のように我々のもとへ飛び込んできたのがエルヴィスだったのです!
お小遣いなどは微々たるものしかなくレコードが欲しくても買えません!
エルヴィス好きのクラスメートと半分ずつ出し合ってシングル盤をやっと買い、お互いの家を行ったり来たりしながら擦り切れるまで聴いていました
もちろん録音する手段などありませんからレコードを聴くしかなかったのです
歌詞カードはいい加減なものだったので一生懸命に聴いて違っている所を直したので擦り切れてヨレヨレでした(笑)
今でもエルヴィス初期のヒット曲は歌の崩し方、間奏のギターのフレーズまで歌えます(笑)
1970年にラスヴェガスでエルヴィスの生ライブを見ることが出来たのは私の一生の宝物です!
40年後にSMAPのファンの人が彼等のヒット曲はきっと間奏まで歌えるでしょうね!
登録:
投稿 (Atom)

